石巻市総合体育館にはまだそこかしこにむせかえるような昼間の熱が立ち込めていた。連日の酷暑で夕方になっても気温は下がらず、開演を待つ人たちは流れてくる汗をしきりにぬぐっている。
『転がる、詩』と銘打たれたこのライブイベントは、芸術祭『Reborn-Art Festival』(以下RAF)のオープニングイベントとして開催され、小林武史による事前のアナウンスによれば「言葉と旋律の、美しくも時に毒をも持ち合わせた多彩なタペストリー」に「どっぷり浸ってもらえる」というものだった。その小林の言葉と出演者/バンド編成以外には具体的なインフォメーションは特になく、僕らはイベントロゴに添えられた何かの原石のようなイラストをみつめてみては想像するしか他なかった。会場のうだるような暑さのなかにはこれから繰り広げられるであろうパフォーマンスへの期待と緊張の入り混じった熱もあったように思う。
午後5時ちょうどに総合プロデューサー/実行委員長の小林武史がステージへ。スタート前から“これ、すごいライブです、本当に”と明言した小林の言葉に会場中はひとしきり盛り上がる。そして小林の呼び込みで、RAFの運営に欠かすことのできない存在である村井宮城県知事と亀山石巻市長とが登場。RAFオフィシャルグッズのTシャツを着たラフなスタイルでフレンドリーに語るふたりの行政の長からはこの芸術祭がおそらく地域と円満で密接に運営されているであろう温かいムードが感じられる。これには観客からも大きな拍手が送られていた。
なごやかなムードからついに開演。
暗転したステージに静謐なシンセサイザーのパッド音が響くなか、バンドメンバーが緩やかにステージインする。バンドが揃ったところで小林から“この人こそアーティストという名にふさわしい”との紹介で青葉市子が登場。鹿の角や尻尾がついたファーの帽子を被った青葉は、何かの化身であるようなオーラを漂わせながら、センターではなくステージ右の小林と相対するような位置に静かに座った。ゆったりしたテンポの名越由貴夫のギターアルペジオに同調するように涼やかな青い照明にアブストラクトなモノクロの映像が混ざり合っていく。さっきまでざわめいていた会場が不思議なほどすうっとその揺蕩(たゆた)うような世界観に引き込まれていくのがはっきりとわかった。
そして1曲目の「かなしいゆめをみたら」が始まった。
まるで夢を見てるような浮遊感のある歌と繊細な楽音たち。終演後に聞いた話では、このとき青葉の着ていた少したっぷりとしたワンピースの中には、彼女の心音を捉えるマイクが仕込まれていたのだという。時に不規則に鳴るその心音にシンクロして、様々な音の断片(チェロの四家卯大は口琴まで使用)をミュージシャン達が紡ぎ出していたのだ。なんという自由なアンサンブルなのだろう。スクリーンには映像作家・中山晃子による混じり合う液体と泡が接写されたエロティックなほどの映像。そこへすべて平仮名の平易な言葉で表された青葉の歌詞が重なる。それらはシンプルであり、ミニマルであるからこそ現出する音と言葉とアートの広大な宇宙だった。観ていた誰もがここで「なるほど、こういうことか」とこのライブに感じていた謎が解けるとともに内側で静かな感嘆を沸き起こさせる、まさにこのライブのオープニングにふさわしい1曲だった。
会場全体がすっぽりと青葉市子の世界観に包まれてしまったころ、青葉のナイロン弦ギターの柔らかい音色から2曲目の「レースのむこう」へ。コンパクトながら美しいメロディーを持つこの青葉の代表曲に、聴くものの意識は揺りかごでゆられるように遠くまで飛ばされていく。
そして続く4曲目「あわの声」ではそこからもっと壮大な振れ幅でゆさぶられはじめる。四家のチェロと沖のバイオリン、そしてベースのTOKIEもときに弦を使い、バンドはどこまでの伸びどこまでも広がっていく音世界を作り出しては、それを名越のノイジーなギターが切り裂く。普段は弾き語りスタイルの多い青葉市子が、このようなサイケデリックかつプログレッシブなロックフィールドの持つ自由で膨らみのある音像を伴って歌ったこの曲は青葉のこの日のセットのなかでひとつのクライマックスだったといえるだろう。
4曲目にはアップテンポでポップな「うたのけはい」を挟みつつ、ラストの曲「ひかりのふるさと」ではまた静謐な世界へと回帰する。生き物の鳴き声をも思わせる音と声と時間が再び溶け合い、命の帰る場所を目指すかのように、光が溶けていくかのように、広がる無限の陶酔のなか青葉市子の演奏は幕を閉じた。
Text:Takeshi Kitagawa
M1:かなしいゆめをみたら
M2:レースのむこう
M3:あわの声
M4:うたのけはい
M5:ひかりのふるさと
「速報! Reborn-Art Festival 2019」
8/18(日)午前10:00からWOWOWにて無料放送
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